昨日はむかしの憧れのプレイヤーとビリヤードをしました。「あぁ、こういうふうになりたいなー」とはじめたころに思ったものです。

そのプレイヤーは結構しゃべります。たぶん、ビリヤード界隈の人からしたら、めっちゃしゃべるはず。まぁ、そうは言っても隣のテーブルで気になるほどではないし、「しぇべってないでいいから考えろ」といった遅いプレイヤーではありませんから、「単にしゃべる」プレイヤーです。ちなみにお仕事はバーのマスター。

いやー、ぴったりですね。

さて、その知人とローテーションをしていたのですが、難しいですね、ローテーション。そもそもあんまりつかないというのもあって、技術の蓄積がほとんどありませんし、一つのことに気づくのに時間がかかります。昨日の発見は、セーフティ合戦のあと、自分のターンになって入れがあるときになったら、入れに集中しすぎるのか、感覚がなくなるのかダシがひどいことになる、というものです。セーフティ合戦のあとに入れが寒いのはわかってました。そこで入れにはいつも以上に神経を使ってましたが、そこだけの問題ではないようです。

なるほど。もうちょっとダシにも注意を払わないといけないんですね。

といっても、入れに神経を使ってる段階で、無理な気がするので、技術レベルの問題な気もしなくもないですが…ただ、セーフティ合戦の後に、それほど抜かなくなったのは少し上達してきたためかな。

さて、今日の本題は自分の問題です。

昨日、ある人と話していて、一人撞きと、相撞きは違うので、一人撞きで出来てもそれは相撞きではできない、といったことを言いました。そして、相撞きでも、普段できることと、試合でできることと、試合の決勝戦でできること、試合の決勝戦のヒルヒルの状態でできることは違う、と。

普段95%できることが、試合の決勝戦のヒルヒルの状態では例えば5割しかできなくて、それに対して「いつもならできるのにー」と言い訳することは意味がないし、それぞれ別物として扱い必要がある(技術的には共通だけど)、といったことを伝えました。

まぁ、ここまでいいんです。ちなみにそのときに、相撞きでも、自分よりも、下級者、同級者、上級者がいて、それぞれ違うだろうし。一番難しいのが下級者の相手、とそこで言ったのですが、もしかするとこれは違うかもしれないな、と思いました。

いや、わたしにとっては間違いなくそうなんです。もしくはおそらく多くの人にとってはそうだとも思ってます。例えばセットマッチをして5-4のハンデがあっても8割は勝てるだろう相手に対しては、やはり1球1球しっかりと丁寧につくことは難しいのではないか、と。

でも、その難しいのではないか、って(もしかすると過半数くらいの人が持ってる可能性はあるものの)単なる自分の課題なのかもしれません。

過半数が持ってるので、それは「傾向」とも言えますが、「課題」だったらどうなんだろう?そのときは「下級者と撞くのは、同級者や上級者と撞くよりも難しい」と言ったのですが、本当は「下級者と撞くのは、同級者や上級者と撞くよりも難しい人もおそらくたくさんいて、そういったことがないようにしていきたい」みたいに伝えるべきだったのかもしれません。

「相手によって球が変わらないようにしたい」というのは昔から思ってます。

わたしに一番いろいろ教えてくれた師匠的(会社の先輩)な人は、スポーツ以外もしますが、スポーツ以外もスポーツもできるだけ同じテンションで、また下級者にも容赦なく本気で行くタイプでした。会社の飲み会の二次会でビリヤードに行って、ハウスキューで3連マススタートとかで、社内の人を驚かせていましたが、わたしなら、会社の二次会で素人の人相手に、そこまでちゃんと撞けないでしょう。(もちろん単にうまかったという可能性もありますが、キューの違いを考えたらいつもの球とそこまで違いはなかったのです)

下級者に対しても、基本的には「相手に対して」でなく、「テーブルに対して」ちゃんとプレイするように、これは単に自分の問題ですよね。すごく当たり前に認識してたけど。そうじゃなくて、解決しないといけない大きな問題です。