練習ってなんでしょう?一人で撞けば練習?相撞きでも練習?
一人で練習するとしても、何をどうするかってのは難しいとこですよね。ミスをしないまで練習するのか、成功率を上げるだけで満足するのか。
ミスをしないといっても、本当に全くミスをしないまでっていうのはどこまで可能なんでしょうか?
そもそも練習の時の8割を9割まで上げるってのはできるとしても、9割を9割5分に、もしくは9割5分を9割7分にするってのはかなり厳しそうです。その道を超えていくのがプロなんでしょうけど、わたしはそこまでビリヤードをやる気も時間もないですし、うーん。
でも、この練習で5割を8割に上げていく練習があるとして(もしかすると7割を8割かもしれないけど)、それって練習のテンションによって大きく異なりますよね。
ビリヤードへのモチベーション自体は低いものの、練習の精度をあげようという気持ちはぼちぼちあります。むしろ、そのモチベーションは高いかも..
なんだろう、モチベーションって^^;;でも、たぶん球撞きをしたいモチベーションと練習をしたいモチベーションは別物ですよね、きっと。相撞きはしたいけど、一人で練習したくないってこともあるし、逆もあるんだから。
そう考えるとタップがおかしいので、このコンディションでは人とは撞きたくないけど、一人でタップと戯れたいってのはあるのかな。
さて、練習の精度を上げるってのは、よく分からない主観的なものなので、ちょっとづつ体感していますが、全体的に何をどうしているのかってのがよくわかりません^^;;
上手くすっと、入れのラインがきちんと見えて、そこに対して丁寧につけるときもあるのですが、集中していないとそこがアバウトなままで漠然とポケットを狙ってしまうことがあります。
だからといって、そんな球を一々集中して撞かないといけないっていう状況では、抜きまくるわけなので、ここのギャップを攻めていくというイメージではあるんですが..
「練習の精度」への4件の返信
練習難しいですよね。
リラックスして伸び伸びと撞いたほうがいいのか、試合さながらに緊張感を持って練習した方がいいのかもよくわからなくなることがあります。
「リラックスして撞けばこんなに入る(あるいは、大きなミスをしない)。だから試合もリラックスしよう。」
という考えがいいのか、
「どうせ試合は緊張するのだから、練習の段階から緊張感に慣れておくべきだ。」
という考えがいいのか。
まあ、信念があればどっちでもいいのかもしれませんし、区別して両方のスタンスに切り替えて練習してもいいのかもしれません。
また、リラックスしてるつもりが、いつの間にか単純に緊張感がないだけ、注意力が散漫なだけな状態になりがちなのでそういうのも難しいです・・・。
nowheremanさん;
おはようございます!!よく言われるように練習は試合のように、試合は(結果的には)練習のように、ということが正解だと思いますが。分かっていてもそのようには撞けないのが人間ですよね^^;;
リラックスと、注意力散漫は紙一重ですし、わたしの場合は緊張しすぎてよくわからないって状況になるよりも、注意力散漫なまま撞く方が圧倒的に多いのでそのあたりに何か鍵が隠されている気がします(あくまでわたしの場合)
お話を読んでいて、「一球ずつ、何を成功と決めてから撞くか?」
が練習の精度や質に影響するような気がしました。
ちなみに私はカコカコで外しても、「今のは90点!」と自分を励ましてます(笑)
自称A級さん:
おはようございます!たしかに「何を成功とするか?」は大事そうです。企業の成否なんかはこれで結構決まる気がしますよねー。ってことは、ビリヤードも同様!?
そういえば、スポーツではフィードバックの頻度(たとえば今のは成功だったかどうか)を高めすぎると成長にとってはマイナス(もちろんフィードバックは必要だけど)という研究があります。最近流行りのニューラルネットワークでも、昔から過剰学習による局所最適で落ち着くこと対策が大事って話がありましたし。
要は、結果意識しすぎると、過程への意識が甘くなるということでしょうか。人間アバウトにできてるんで、この辺いい感じにできる余地もあると思うんですが、逆にアバウトだから自称A級さんがおっしゃるような、「何が成功か?」はかなり大事な気がします:-)
ちなみに「カコカコ」は評価難しいですよね^^;; 厚み違うともいえるし、スピード違うともいえるし、実は思ったところに思ったスピードに入っていることもあるし^^;;;;;;